仕事の初日のことは、よ〜く覚えている。なぜ覚えているのかというと、緊張して事務所に行ったところ、事務所のテレビで地震のニュースをやっていたのである。忘れもしない阪神大震災だ。テレビで街が壊れている映像が映っており、火も出ていた。最初のうちは“死者が数人出ている”などとやっていたが、まさかあんな大地震だったとは思わなかった。ただ、関西では大変なことになっているな、と感じたのであった。
仕事は、けっこう楽しかった。主な仕事は、顧問先の会社の給料計算と社会保険の手続き代行などであった。ここでの仕事のお陰で、社会保険や税金などを勉強することができ、本当に役にたったと思う。なぜなら、日本で生きていくうえで、社会保険や税金のことは避けては通れないことであるからだ。しかも、知らないと損することが沢山ある。仕事をしたお陰で、貴重な知識を得ることができた。そして私は、社会保険労務士の資格も取りたかったので、勉強を兼ねながら仕事をさせてもらっていた。
私はよく、何十社もある顧問先の会社を回ったり、色々な役所に書類を出しに行ったりと、外周りの仕事が多かった。これも私に合っていた。一日中事務所の机に座りっぱなしより、外の空気が吸えて楽しかったし、沢山の人に出会えた。そして、出会った人の多くにかわいがってももらえた。私が社会保険労務士を目指していると言うと、所長の同業者の社会保険労務士の先生方も私を応援してくれた。今思っても、その人たちに感謝の気持ちでいっぱいである。
この当時仕事をしている中で感じたことで、今でもよく覚えていることがある。毎月毎月、顧問先の給料計算をしているなかで、私はある時期、数ヶ月にわたって同じ顧問先の給料計算の計算ミスをしていたことがあった。しかも、顧問先の中で一番大きい会社でである。何ヶ月かミスが続いた時、顧問先の担当者に冗談半分あきれたの半分で「こんなによく間違うなら、顧問料を安くしてもらうぞ」と怒られた。その時はかなり落ち込んだ。私のせいで、所長の信頼を損ねてしまうと。
次回間違えたら、どうしよう。私のせいで、顧問先を失ったらどうしよう、などと本気で心配した。その次の月の時、また間違うのではないか、と怖くなった。怖気づくのだ。でも、そのような時の私の自分を慰め励ます言葉は次のようなものだった。「大丈夫。私が間違えたところで、人が死ぬわけじゃないんだから」というもの。結局それから3年後、この慰めができない職業に向かって自分が進むとは、皮肉なものである。
ある時、事務所のコンピュータのデータを全て消してしまう、というミスもやった私である。あの時は、本当に全身から血の気が引いていくのがわかった。まあ、それでも私を叱責することなく、温かく見守ってくれた職場の人たち。私は、仕事にも、職場の人間関係にもとても恵まれた環境にあったと今でも思っている。
こんな恵まれた環境にいた私が、どうしてまたいきなり、畑違いの看護師になろうと思ったのか。それには、本当に、本当に様々な理由があったのだ。
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